マハティール・ビン・モハマド
2018年5月より現職。1981年から2003年にも首相を務めていたが、その在任期間中は、外国投資への開放、税制改革、貿易障壁の削減を実施したほか、多数の国有企業の民営化を主導し、世界有数の物的インフラを整備した。また、国民全体の繁栄を推進してマレーシア国内の民族的分裂の解消に取り組んだ。
1991年、商工業の発展と貧困撲滅に重点を置いた「新開発政策(New Development Policy)」に着手した。マレーシアは、工業部門の急成長や中産階級の拡大、生活の質の向上とともに、東南アジア地域で最も経済的な繁栄を遂げた活気あふれる国の1つへと発展した。
1995年には、マレーシアを情報通信技術(ICT)産業の世界的拠点にすることを目的とした「マルチメディア・スーパー・コリドー(MSC)」プロジェクトを開始させた。
国際舞台においてアジア・アフリカの途上国の声を届ける代弁者として従来以上の積極的な活動を展開した。1991年に長期計画「Vision 2020」を発表し、これによって2020年までを目標にマレーシアが先進国の仲間入りを果たし、成熟した民主主義国家となることを目指す道筋を示した。
2003年に首相を退いてからも、国内外のさまざまな招請や講演依頼に応じるなど、多忙な活動を続けた。
過去の指導者の知的遺産を保存、明確化、普及させることを目的としたシンクタンクのペルダナ・リーダーシップ財団(PLF)の名誉総裁のほか、世界平和を促進し戦争を違法化することを目指す団体であるクアラルンプール戦争犯罪法廷(KLFCW)とペルダナ・グローバルピース財団(PGPF)で、それぞれ委員長および総裁を務めている。
2015年政界に復帰。ナジブ政権打倒を目指す政治運動の先頭に立ち、政治指導者たちとマレーシア統一プリブミ党(PPBM)を結成し会長を務めている。ナジブ前首相と対立する他の各政党もこの動きに同調し、野党連合パカタン・ハラパン(希望連盟)の議長に選出され、第14回連邦議会下院選挙における首相候補に指名された。
2018年5月9日投開票の第14回マレーシア連邦議会下院選挙で野党連合が勝利を収めた翌日、第7代首相に就任した。
既婚。医師である妻シティ・ハスマ・モハド・アリとの間に7人の子どもと16人の孫がいる。